【関内・新旧の物語】BASEGATE横浜関内オープンと「愛市の鐘」

JR関内駅前に3月19日、新たなランドマーク「BASEGATE横浜関内」がオープンしました。

今回の再開発のコンセプトは「新旧融合」。
旧横浜市庁舎の行政棟を保存・活用しながら、次世代のエンターテインメントとイノベーションを創出する拠点として生まれ変わりました。

そんな中で、私たち「Saturday Night Walk in YOKOHAMA」が注目したのは、かつての市庁舎屋上にあった「あの塔」と、そこに吊るされていた「愛市の鐘」の行方です。

◼️ 「うるさい」と苦情が? 悲運の鐘の物語
この鐘には、少し切ない歴史があります。
昭和34年の開港100周年を記念し、人間国宝・香取正彦氏によって「おおらかで芸術的な音」を目指して作られました。
しかし、いざ運用を始めると「音がうるさい」という意外な苦情が寄せられ、なんと即座に運用中止に……。以来50年もの間、一度も鳴ることなく屋上に佇んでいたのです。
転機が訪れたのは2006年。復活を願う声により修復され、再び一日に4回、関内の街にその音色を響かせるようになりました。「鐘は鳴らすためのものだ」という当時の関係者の熱い想いが、この鐘を守り抜いたのです。

◼️ 現在の姿:受け継がれる「継承の道」
さて、再開発を経た現在の姿はどうなっているのでしょうか?
調べてみると、鐘はしっかりと保存されていました。
現在はJR関内駅から海へと続く『継承の道』を抜けた先、ホテル北側の広場にモニュメントとして展示されています。
表面には横浜市の「ハママーク」を掲げた黒船が描かれ、今もなお気品ある姿を保っています。


◼️ 漁網を模した鉄塔と村野藤吾の心意気
屋上に残されたあの白い鉄塔にも、素敵な意味が込められています。
建築家・村野藤吾氏がデザインしたこの塔は、「漁網を吊るした形」を模したもの。かつてこの地が魚市場であったという記憶を後世に伝えるための意匠なのです。
現在は塔から外されている「愛市の鐘」ですが、いずれまた元の場所で、横浜を愛する市民のためにその音色を響かせてくれる日が来ることを願わずにはいられません。


新しいビルを見上げるだけでなく、足元に息づく歴史の記憶を探しに、皆さんも関内を歩いてみませんか?

投稿者: Saturday Night Walk in YOKOHAMA

Saturday Night Walk in YOKOHAMA はガイド付きで横浜を歩くツアーです。特に夜景コースはおすすめです。

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